日経クロストレンドのコメンテーターである米パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛氏は、新著『いまこそ知りたいAIビジネス』を2018年12月15日に発刊する。彼女は同書で人間とAI(人工知能)の協業に着目している。その要点を寄稿してもらった。

 「人が得意とすることはコンピューターにとって難しく、その逆にコンピューターが得意とすることは人にとっては難しいことが多い。人とコンピューターが敵対するのではなく、それぞれの強みを生かすチームメートになれば企業のパフォーマンスが最大化する」

これはアクセンチュアCTO(最高技術責任者)のポール・ドーアティ氏が、共著「HUMAN+MACHINE」で述べていることだ。最近、「人間とAIの協業作業で生み出すスーパーパワー」というコンセプトとして注目を浴びている。

下のチャートは私がポール氏の著書を参考に簡略化したものだ。左が人間が得意とする作業。例えば「指揮をとる」「共感する」などが含まれる。右がコンピューターが得意とする「処理する」「予測する」などだ。その間に位置するのが人間とコンピューターの協業作業、いわゆるハイブリッド作業だ。この、人とAIのハイブリッド作業をうまくビジネスに取り組んでいる企業は、ライバルとの差別化に成功し、顧客中心主義やエンドユーザー中心主義を実現している会社が多いと感じる。

AIが得意な仕事と、人が得意な仕事を融合したプロセスを独自に持つ企業が、今後は勝つ!
AIが得意な仕事と、人が得意な仕事を融合したプロセスを独自に持つ企業が、今後は勝つ!

AIが常に学習し続ける仕組みを作る

例えば、米サンフランシスコに本社を置くファッションとデータサイエンスを融合させてサブスクリプションサービスを提供しているスティッチフィックスがある。同社は、AIがそれぞれの消費者の好みに合わせたお薦めファッションを出力し、約3500人在籍するプロのスタイリストがその判断を正す。まさしく、スタイリストとAIの協業作業で顧客中心主義が実現している良い例だ。

ある女性ユーザーがスタイリストに「産後ダイエットを始めたのでモチベーション維持のために小さいSサイズのジーンズを購入した」と伝えたら、スタイリストがAIに「このユーザーの現在のサイズは(購入サイズの)Sではなく、Mだから勘違いして学習しないように」と教えるわけだ。教えるといっても、スタイリスト専用のツールを用意していて、それぞれのユーザーのデータをスタイリストが専用サイト上で簡単に入力、修正できるようになっていると予想される。

こうした入力データからAIが常に学習し続けるフィードバックループができている会社こそが、AIと人間の協業作業を実現できている会社と言えるのではないか。

スタイリストがファッションお薦めAIに学習をさせ続けることで精度が高くなる
スタイリストがファッションお薦めAIに学習をさせ続けることで精度が高くなる

現場の声に沿ったトラック配車AIを作るには

 パロアルトインサイトでは、このように現場の人がAIに教え続けることができる「ハイブリッド型の現場AI」を常に意識して開発している。

石角友愛氏の新著『いまこそ知りたいAIビジネス』
石角友愛氏の新著『いまこそ知りたいAIビジネス』

このたび、パロアルトインサイトが多くの企業のAI開発を通じて学んだことを書籍『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トウェンティワン)にまとめた。例えば、物流会社であるダイセーロジスティクス(東京・文京)とは配車AIの開発に取り組み、従来の配車システムでは不可能だった、現場の声に基づく配車スケジュールの策定を容易にした。

既存の配車システムは、各ストップの移動距離が最小になるように数学的なアプローチでトラックの配車スケジュールを割り出したものだった。現場の声が全く反映されず、AIによる学習機能も備えていなかった。

現場の声とは、例えば、「月曜の朝はこのルートは駐禁が取られやすいからいくら最短距離でも使いたくない」や、「このトラック運転手は新人なのでこのルートはやらせないでおこう」といった判断基準。これは単に移動距離を最短にすることや混雑を避けることだけを条件に割り出した、“型抜きクッキーのロジック”では解決できない。それ故に、配車専門家の「配車マン」と呼ばれる人が毎日3時間ほどかけて自分で配車スケジュールを「カルタ取り」と呼ばれる手作業に近いやり方で行っていた。

配車AIの開発に当たっては、トラックや納品先、ドライバーの属性をパターン化して、最適な配車組み合わせを作ることもできた。しかし、配車マンという配車の専門家が考える配車の組み合わせは、基本的にはドライバーや納品先などの属性や現場の制約条件を加味した上で作るものなので、それなら配車マンが過去に配車した内容をAIに学習させるのが一番効率的だ、という結論に至った。余計なビッグデータをやみくもに集めることよりも、解決したい課題に一番近いデータは何かを問いただすことの方が、より精度の高いAIを効率的に作れると実感した。

結果的に、配車の組み合わせの90%以上を自動的に出力でき、その後は微調整だけで配車作業が終了することもある。しかも、その微調整からAIが常に学習をする。時間節約の効果として、配車マンと現場チームのコミュニケーションなどにより時間を割けるようになった。

日本でAIというと「何か完璧に出来上がっているもの」「万能かつ総合力の高い技術」と思われがちだが、このようにAIは完全なる“生もの”であり、型抜きクッキーのように製品化してそれを導入すればよいというものではない。人間とAIの協業作業により、現場のスタイリストや配車マンが持つ知見をリアルタイムでAIに学習させて、競合他社が持たない機械学習モデルを作り上げていくことが今後より大事になる。