【レポート】メガトレンドが日本にもたらすビジネスの破壊と創造とは

2019/3/18
2019年2月18日、日本HP主催による「HP Reinvent World 2019」が開催された。1939年よりシリコンバレーに拠点をかまえるHP Inc.が継続的に行っている世界のメガトレンド調査をもとに、現在の同社がどのようなビジネスや経営ソリューションを、どんなテクノロジーとともに提供しているかが発表される、年に一度のイベントだ。
このイベントに、NewsPicks Brand Designも2つのセッションで参加した。プロピッカーの太田直樹氏と石角友愛氏、日本HP専務執行役員・九嶋俊一氏、NewsPicks CCOの佐々木紀彦らによるパネルディスカッション、そしてWEEKLY OCHIAIでおなじみのメディアアーティスト・落合陽一氏の特別講演だ。
急速な都市化、人口動態の変化、超グローバル化といったメガトレンドは、日本にどんな変化をもたらすのか。その時ビジネスにどのような破壊と創造が起こるのか。未来を読み解くヒントに満ちた同イベントの模様をお届けする。
 日本HP代表取締役社長執行役員・岡隆史氏による基調講演「世界のメガトレンドとHPの成長戦略」では、シリコンバレーに拠点を置くHP本社が継続的に調査・予測をおこなっている世界のメガトレンドと、その変化に対する、同社のビジネスやソリューションが紹介された。
「80年前、オーディオ発信機から始まったまった弊社は、世界初のデスクトップPC、世界初のインクジェットプリンタなど『今までにない新しいものを作り続けること』で成長してきました。つまりテクノロジーに対し集中的な投資を続け、イノベーションを起こすことが弊社の強みだと考えています」(岡氏)
 そのため同社では、すでに市場にある製品の進化を目指した「先進的研究」のほか、世界4カ所にあるHPラボで4〜5年先を見据えた「応用的研究」、10年、20年以上先の長期的な未来を予測し、今後どういった分野に投資するかを定める「創造的研究」にも力を入れているという。
「創造的研究分野の指標になるのがメガトレンドです。ではメガトレンドとはどういうものか。HPが特に注目している分野が『急速な都市化』『人口動態の変化』『ハイパーグローバリゼーション』『加速するイノベーション』の4つです」(岡氏)
 今日の世界人口は1年間で1億人増えており、今後はとりわけ利便性の高い都市部に人口が集中する傾向にある。2050年には7割もの人口が都市部に住むともいわれ、1000万人以上のメガシティも新興国を中心に41エリアに増えると目されている。
 都市に大量の人間がなだれ込めば新しい市場とビジネスが生まれる。人口が密集することで「必要なものが必要な時にあればいい」と、所有からシェアリングへと経済がシフトすることもその一例だ。
 人口移動とともに、人口動態も変化する。深刻化している少子高齢化問題は、日本にとどまることなく世界に広がっていく。高齢者の就労を支援するためのテクノロジーや仕組み、ビジネスが求められると同時に60歳以上の購買力によって新しく医療分野のビジネスが急速に発展すると目されている。
 一方で生まれながらにスマホやタブレットに囲まれたデジタルネイティブのZ世代など、多様な働き方を求める労働者による短期・単発の労働=ギグエコノミーが活発化。その時、企業には「オフィスは必要なのか?」「労働力の管理方法は?」「少人数でビジネスをまわす方法は?」といった様々な課題解決が求められる。
 こうした人の動きに先がけて進行しているのが、「ハイパーグローバリゼーション」だ。インターネットにより世界中が繋がる時代において、とりわけ新興国を中心に年間14万社以上のスタートアップが生まれており、2025年には新興国に本社をかまえる大企業が46%にのぼると目されている。
 そして、このグローバリゼーションは既存ビジネスを各所で破壊していく可能性を秘めている。そのスピードと数は加速度的に伸びていくとされ、今までにない経済圏をも創り出していく。また、インターネットによりライバル企業や協業社が繋がる世界ではより強固なセキュリティが求められるようになる。
 最後のキーワードが「加速するイノベーション」だ。2020年に5Gネットワークが開始されれば現在の66倍の回線スピードが実現するというスマートフォン。さらに進化が進めば、2050年には現在の10億倍の性能を持つ可能性もあるという。
 より安くより速く、あらゆるデバイスがスマート化、自動化され、3Dプリンタに代表されるようにリアルとデジタルが融合することでよりパーソナライズされたビジネスが勃興するだろう。ハイパーグローバリゼーションとともに、あらゆるモノのスマート化やパーソナライズ、そして拡張現実などのテクノロジーが新しい価値を生み、既存ビジネスを破壊していくのだ。
「メガトレンドということで2030年や2050年といった時間軸でお話ししたので『まだだいぶ先の話だな』とお感じになるかもしれませんが、トレンドというのは10年後急に変わるというものではありません。
実は、現在もそこに向かってどんどん変わっているものです。このトレンドを受けて、人の考え方、感性、文化、企業のあり方、製品やサービス、経営の仕方、ビジネスモデル全部が変わっていくのです」(岡氏)
 この流れを受けて、パーソナルコンピュータやデジタル印刷などの次世代プリンタ、デジタルファブリケーションを支える3Dプリンタなど、日本HPが現在取り組む事業構想が発表された。
 続いて始まったのが「“体験の時代”に向けたビジネスの破壊と創造」をテーマに、プロピッカーの太田直樹氏と石角友愛氏、日本HP専務執行役員・九嶋俊一氏、そしてNewsPicks CCOの佐々木紀彦らによるパネルディスカッションだ。
 まずは現在、ビジネスの要になっているAIについて、AIビジネスデザイナーの石角氏から「健全な危機感を持ってほしい」と苦言が呈された。
「AI開発において、今アメリカと中国のどちらが最先端の技術を生み出すかという競争になっていますが、そのなかで日本はリングにすらあがっていない。傍観しているだけですよね。
本来としては科学技術大国として焦りや怒りがもっとあってもいいはずです。米中二大構造のなかで国家としてどういうふうにポジショニングしていけばいいのか、もっと議論するべきだと思います」(石角氏)
 こうしたAIビジネスの後れに対する危機意識が高まっていない遠因について、太田氏の見解が示される。
「実は今、日本の中小企業経営者の平均年齢が66歳なんですね。気になって調べてみたら20年前の平均は47歳。つまり、まったく事業継承が起きていない。
ここに変化のマグマが溜まっている気がしています。日本はソサエティー3.0の工業社会の勝者ですけど、4.0の情報社会では負けました。大企業の経営者にはそこをもっと反省して世代交代を進めてくださいと提言しています」(太田氏)
 最先端のAI技術の実装・開発をおこなっている石角氏も、中小企業こそAIを導入すべきだと語る。
「AIって高尚なもので、ビッグデータやディープラーニングが必要だという思い込みがあると思うんですが、そうじゃない。私は『脱ビッグデータが2019年の日本の中小企業を変える』と言っています。すごくピンポイントで局所的な課題解決なら数行のExcelデータで解決できる。それもAIなんです」(石角氏)
 こうした不戦敗に甘んじる理由は、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)をはじめ次々に台頭するグローバル企業の存在があまりに大きすぎるからではないかと佐々木。それに対して、太田氏は次のように答える。
「去年はGAFAに対する不信が表面化した象徴的な事案がたくさんありましたよね。それに呼応してヨーロッパでは国主導でデータを扱うルール作りや課税といった対策が出てきた。
ただ、それに対して日本にもチャンスがあるなと感じるのは、テクノロジー開発の円環に、コミュニティや地域や市民が入っていくという、草の根的なエコシステムを作ることが必要になってくるという点です」(太田氏)
「超巨大企業の超ビッグデータとは戦えない。だから日本は、局所的なスモールデータを集める。GAFAが今まで目をつけてこなかったところで、汎用性の高いAIを作ることができたらポジショニング的に面白い。
例えばアメリカのスタートアップでは、人間がAIを教育するAIトレーナーというポストが生まれたり、AIと人間が共同作業をするスキームを組み込んだりしています。Stitch FixというファッションECサイトでは、3500人のスタイリストを雇うことで、AIが出したオススメのスタイリングを人間が採点し、他の会社が持てない独自データを集めることで優位性を保っています」(石角氏)
 こうして超グローバル化時代におけるローカルという視点が示されたが、その流れにどう対応すればよいのか。日本HPの九嶋俊一氏は語る。
「やっぱりキーワードはパーソナライズなんですね。よりニッチなセグメントのニーズを追う。日本は製造大国としてすりあわせ技術やおもてなしの精神があるので、その点に強みがあると思います。
HPもシリコンバレーの企業ですが、プラットフォーム競争では負け組です(笑)。弊社もフィジカルな3Dプリンタとデジタルプラットフォームをすりあわせて、製造や流通の変革の中でいかにして活路を見出すかが大きなテーマのひとつです」(九嶋氏)
 その後、話題はシビックテックやミドルデータの活用、日本の下請けカルチャー問題、女性の社会進出など多方面へと展開。最後に各人からのメッセージでセッションは締めくくられた。
 イベントの最後を飾ったのはNewsPicksでもお馴染みのメディアアーティスト・落合陽一氏による特別講演「テクノロジーでリードする日本再興計画」だ。
「30歳を過ぎて僕なりにローカルな社会のために何ができるかと考えた時、子供の頃から指摘されていた少子高齢化が課題だなと思いました。とはいえ、人口が減ること自体は今に始まったわけではありません。問題はそれが『急』だということで、ライフラインの維持が難しくなるなど、遠からず社会システムにひずみが生じるのは明らかです」(落合氏)
 2050年までには1億人を割ると予測される日本の総人口。社会に大きなインパクトを与える人口減少を軟着陸させるためにテクノロジーをどう使うかが、落合氏の観点だ。では、この問題をテクニカルに解くことはできるのか?
「人口が増えているアフリカや、人口移動が容易なヨーロッパと違って、日本のような島国では人口を増やすことが難しい。それでも社会を維持し続けるための解決方法のひとつが、必要な時、必要な場所に若い人を呼べるようにするためのシェアリングサービスです。『Uber』でも『Uber Eats』でも何でもいいんですが、困った時にはスマホアプリで人を呼ぶ。問題は呼ぶ人がいない場合です」(落合氏)
 シェアリングサービスや労働の流動化によって、人の配置は最適化されていく。それと合わせて必要になるのが、人材を増やすためのアプローチ。高齢者や障害者を含む人材の社会進出には、ダイバーシティと社会的な包摂性が鍵になるという。
  一例として挙げられたのが、落合氏が代表を務めるJST CREST(科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業)による産官学連携プロジェクト「×DIVERSITY(クロスダイバーシティ)」だ。身体障害者用ロボット義足によって乙武洋匡氏が歩く映像は読者の記憶にも新しいだろう。
「インクルーシブ(包括的)な社会を作るためのこうした取り組みは、技術面と社会面、研究課題とエンジニアリングの一気通貫が必要で、その機運が高まったタイミングでしか問題は突破されないというのが僕らの仮説です。今はオリンピック、パラリンピック、大阪万博が控えているので、その機運が高まっていると思います」(落合氏)
 日本はまだGDP世界第3位を誇る経済大国だが、20年前の1995年にはWindows 95によるOS覇権争いで、2008年頃のiPhone登場ではスマホ覇権争いで敗北し、世界的なIT企業が生まれなかったと指摘する。
「もちろんiPhone以前にもスマホに近いデバイスはありましたが、それらとiPhoneは全然違う。どこが違うかというと、iPhoneの電話機能はたくさんあるアプリのなかのひとつでしかない。これを電話会社は作れなかった。それはそうですよね。一度はプラットフォームを制した会社が、自らその座を捨てて新しい業態を模索するのは難しい」(落合氏)
 その結果生まれたのがあらゆるモノやサービスのアプリ化だ。日頃から移動にタクシーアプリを使う同氏にとって、クルマはスマホ上で手配するアプリのひとつだ。ここがデジタルトランスフォーメーションの課題だという。
 そこで昨年上梓した『日本再興戦略』のエッセンスが語られる。すなわち人口増加トレンドの下で計画経済によりハードウェアを作っていた社会から、人口減少の撤退戦のなかで、ソフトウェアや文化に重点を置く社会への転換だ。
 インフラの縮小が進むなか、それを支えるのがブロックチェーンや5Gネットワーク、そしてAI。これらのテクノロジーと高齢化社会が組み合わさることで、日本に勝機がもたらされる。
「というのも、これからの日本は多くの高齢者があちこちに出かけていって、いろんなものに出会うという不思議な社会になるからです。高齢者の多くは体力や認知能力が低下し、抵抗力もないため病にかかりやすい。ネットワークリソースだけはあるが、人口減少で人手が足りないとなれば、なんとかしてテクノロジーで問題を解くしかなくなるでしょう」(落合氏)
 そのために今から始めておくべきことは、あらゆる状況をAIやロボットで解決できるようにし、なるべく多くのデータを集めること。とにかくテクノロジーで、今までできなかったことをできるようにする。どんなに小さな問題でもあらゆるテクノロジーを使って解いていく。
 そうして人口減少カーブがゆるやかになれば、インクルーシブな社会を求めてゆく。
「前回の東京オリンピックの1964年から大阪万博の70年までの間は、ハードウェアによる都市改造の時代で、新幹線や高速道路を造って日本の復興を世界にアピールしたわけですが、実は2020年からの5〜6年間も同じような状況になると思います。
ここで日本は世界に向けて『少子高齢化問題と向き合いながら、ソフトウェアで人々が安心して暮らせる社会に生まれ変わった』という姿を見せられるかもしれない。2040年代からは中国をはじめアジア諸国も高齢化社会に入ります。その国々の高齢者は、かつての日本のハードウェア製品に憧れて育った層です。ここに再び日本がアピールできるチャンスがあると思うんです」(落合氏)
(取材・執筆:熊山准 編集:宇野浩志 撮影:後藤渉 デザイン:國弘朋佳)