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パロアルトインサイト/ PALO ALTO INSIGHT, LLC.

芸能大手ホリプロが感じたエンタメ業界への危機感
タレントビジネスにSNSの感情分析を導入する狙いとは2022/08/16

パロアルトインサイト
CEO・AIビジネスデザイナー
石角友愛
株式会社ホリプロ・グループ・ホールディングス
ホリプログループ会長
堀 義貴
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タレントビジネスにSNSの感情分析を導入する狙いとは
パロアルトインサイト
CEO・AIビジネスデザイナー
石角友愛
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株式会社ホリプロ・グループ・ホールディングス
ホリプログループ会長
堀 義貴

メディアの多様化、若者のテレビ離れが叫ばれるようになって久しい。これまでのようにテレビのドラマやバラエティ番組だけでなく、SNSから人気タレントが誕生するなど、タレント業界にも変化の波が到来し、「売れるタレント」の見極めはより難しくなっている。

日本を代表する芸能事務所であるホリプロは2020年にパロアルトインサイトとともにSNS投稿をAIで分析し、投稿者の感情を分析するシステムを導入。タレントの発掘や売り込みのセンスを磨くツール、営業支援ツールとしての活用を目指している。

AIビジネスデザイナーの石角友愛が堀義貴ホリプログループ会長にこれまでの取り組みの中での気づきや今後への期待を聞いた。

<プロフィール>

石角 友愛(いしずみ・ともえ)
パロアルトインサイト・CEO・AIビジネスデザイナー
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、グーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てシリコンバレーでAI開発企業パロアルトインサイトを起業。日本企業に最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。AI人材育成のためのコンテンツ開発も手掛ける。
順天堂大大学院客員教授、東京大工学部アドバイザリー・ボード。毎日新聞、ITメディアなどで寄稿連載を持ち、TV出演も多数。著書『いまこそ知りたいDX戦略』、『いまこそ知りたいAIビジネス』など。

堀 義貴(ほり・よしたか)
株式会社ホリプロ・グループ・ホールディングス代表取締役社長CEO、ホリプログループ会長
1966年東京都生まれ。89年にニッポン放送入社、93年に株式会社ホリプロ入社。テレビの番組制作、宣伝事業などを経て、2002年に代表取締役社長就任。22年からホリプログループ会長。

なぜ綾瀬はるかは売れたのか?なぜあのタレントは売れないのか?その違いがずっと分からなかった

石角友愛(以下、石角):御社との取り組みであるSNSの感情分析『Gravity』は2020年に始まりました。日本を代表する大手芸能事務所であるホリプロがAIを活用するというニュースは業界でも驚かれたと思います。当時何か大きな課題を抱えていらっしゃったのですか?

堀義貴(以下、堀):特定の課題があったというわけではないんですよ。ただ売れるタレントと売れないタレントの違いがどこにあるのかハッキリとわからないというのは、昔からある悩みでした。

僕らが仕事を取ってきて、タレントをテレビ番組に出演させることはできます。ただ、たくさんの番組に出たらからといって、必ず人気がでるわけではない。たとえ出演した番組の視聴率が高かったとしても、それがうちのタレントのおかげなのか、台本や放送時間帯が良かったのか、推測の域を出なかったんです。

石角:それでも「あのタレントは数字(視聴率)を持っている」という話はよく聞かれますね。

堀:テレビ局側がそのタレントをまた使うかどうか、判断する指標が視聴率くらいしかないんです。ただ視聴率は翌日になれば判明しますが、そのとき番組を見た視聴者がどんな感情を抱いていたのかまではわかりません。だから僕たちもタレントが売れた理由は「多分あの番組に出演したからだろう」という思い込みでしかなかった。

エゴサーチだけでは見えないことが見えるAIの感情分析

石角:昔は視聴者の生の意見を聞くチャネルがなかったのですね。今はSNSでドラマやタレントの話題が盛んにつぶやかれるようになっています。御社でも所属タレントのエゴサーチなどをされているのではないですか?

堀:ええ、もちろんです。ただ検索の仕方が悪いと、欲しい情報になかなかたどり着けない。かなり面倒な作業です。ただAIを活用してそれを解決しようなんて考えたこともありませんでした。タレントビジネスは労働集約型で、僕たちのセンスや勘が頼りです。だからAIなどの技術を使って何かできるとは思っていなかった。

石角:熟練の勘とか積み上げてきた営業のやり方とか、そういった明文化・数値化できない部分を頼りにビジネスをしてきた企業は、同じように考えているところも多いと思います。

堀:僕たちが取り組みたいのは、お客さんがどう感じて、僕たちはそれにどう対応するかという部分です。感情分析を活用することで、「こう感じるだろう」という自分たちが立てた仮説と分析結果のズレがわかる。それによって社員のセンスが磨けるのではないかという期待をもってスタートしました。

何を聞いたらいいですか?から始まったAIプロジェクト、パロアルトインサイトを選んだ決め手

石角:最初にお会いした時に「何を話せばいいんですかね?」と言われたのを覚えています。

堀:基本的に困っていることはなかったんですよね。テレビ人口が減っているとかマネージャーのなり手が減っているという課題はあるにしても、何かの技術を使って改善するというものは我が社にはありませんでした。

石角:芸能界は非常にアートな領域で、感性や、勘などの要素が強い明文化しにくいビジネスだからこそ、技術で何が解決できるのだろうというところがわからなかったということですよね。

堀:これから先はAIが必要だと思ってはいたものの、先の見えないものに高いお金を払うのは正直難しかったです。技術系で有名なある大手企業にも話を聞いたことがありますが、正直何の話をしているのかがさっぱりわからなかった。どんどん話を難しくする方へ進んでいくのが目に見えて、これは無理だなと感じていました。なので、石角さんにお会いした時も正直そこまで期待はしていませんでした。

石角:そんな中お会いさせてもらって、パートナーに選んでいただいたのには何か理由はあるんですか?

堀:やはりシリコンバレーの技術者がいる点と、かつ日本人の担当なので日本語で話せるのは楽だなという点はありました。あとは石角さんが、最初の段階で技術的な難しい話をされなかったということも大きなポイントですかね。

石角:技術課題を経営課題に落とし込んで伝えなければ、AI・DX推進にまつわる意思決定はできないと思っているため、弊社ではあえて技術の話は最初に打ち出さないようにしています。そこを評価してもらえたのは非常に嬉しいですね。

堀:これまで会った方は、技術的な話が多く質問されてもわからないことが多かったんですよね。そうなると僕も感覚的にわかるものだけを理解して、それ以外のものを聞き流してしまうことが多かったので話を進める気になれませんでした。

感情分析で見えた視聴率ではなく、視聴“質”という視点

石角:Gravityを始める前と始めた後で、想定とは違っていたことや新たな気づきなどはありましたか?

堀:「テレビ vs インターネット」という構図で見られることは多いと思いますが、実はテレビとSNSは非常に親和性が高いと考えていました。SNSには視聴者の感情があふれていて、特にライブエンタテインメントとは相性がいいと。
実際に感情分析をしてみると、どんなに有名なタレントでも、ダメな番組に出るとSNSでつぶやかれることはほとんどなく、やはりテレビとSNSは親和性が高いとわかりました。加えて、今まで計りようがないとされてきた視聴「質」に近いものが得られました。

石角:視聴質というのは「番組をどのくらいの人が見たか」ではなく、「どんな人がどんな風に見て、番組に満足できたのか」という部分ですよね。それが感情分析で見えてきたと。

堀:そうです。感情分析によって視聴質がわかり、そこに弊社のタレントがどのように関わっているのかが浮かび上がってきた。「なるほどこういう効果もあったのか」と思いましたね。

「街でたまたますれ違い振り向いた人たち」の感情をどう可視化するか

堀:プロジェクト開始前は、弊社が持っている数万人分のファンクラブに入会している顧客データを分析してもらうつもりでした。ですがその人たちはもともと弊社のタレントに興味がある人たちです。僕らが知りたかったのは「タレントとたまたま街ですれ違い、思わず振り向いた人たち」の気持ちです。SNSの感情分析によって、そういった人たちの姿がエゴサーチよりも大量に、束になって見えてくることがありました。それがとても面白かったですね。

石角:「振り返る人たち」というのは、TwitterでつぶやいたりYahoo!ニュースのコメントに「いいね」を押したり、ネット上でタレントの活動に対して何らかの反応を示す人たちですね。接触機会がなかなか無かったその人たちを可視化できたことには大きな意義がありますね。

堀:今は昔と違ってメディアの種類が増えているし、テレビの視聴の仕方も多様化しています。視聴率でも、30年前の30%と今の30%では示す意味が全く違う。企業がテレビに大量に広告を出し商品が大量に売れるという時代ではなくなり、ネット広告なども利用するようになりました。

そのため、近年はインフルエンサーを積極的に活用するようになっていますが、フォロワーの数と広告効果には必ずしも相関関係があるわけではない。
それに対して感情分析を用いて「視聴率+フォロワーの数+感情分析」を掛け合わせることにより、スポンサー営業の際に「このケースなら、このくらいのフォロワーでもこんな効果が期待できますよ」という提案ができるようになることを期待しています。

感情分析を営業支援やスカウト支援に

石角:感情分析を「営業支援ツール」として活用したいという話は、当初からされていましたね。次のフェーズではそこに取り組んでいきたいと思っていますが、ほかにどういった場面に生かせるか、何かアイディアはお持ちですか?

堀:タレントのスカウトも、担当社員の感覚や思い込みによるところが大きいんですよね。もちろん今後も最終決断は人がしますが、なぜこの子を選ぶのかという説明に説得力を持たせる材料、裏付けとなる情報・データとして活用できるのではないかとは思っています。ホリプロにはいわゆるマーケティング理論がないんです。この感情分析をマーケティングの最初の一歩にしてはどうかと考えています。実際にどういう進め方をするのかは、若い社員に考えてほしいですね。

石角:人間の感性はやはり大事なのでそれを尊重しつつ、その判断を補佐するエビデンスとしてデータとかAIのような客観的指数を持つことが重要ですよね。その成功事例をノウハウとして残しておくことで、会社にとっても大きな財産になりますね。

堀:ホリプロの原点として、「出来上がった顔の人は選ばない」という先代の教えがあるのでホリプロではこれまで頑なにそれを守っています。ただ、現代はテレビ以外にもチャネルが増えて、これまでの松田聖子や、榊原郁恵ように「誰からも好かれる人がスター」という時代ではなくなってきました。

石角:確かに今のスターは、ジャンルやデバイスごとに、さまざまな形でスターが誕生していますよね。

堀:そうなってくると、今のホリプロではインフルエンサーのような新しい形のスターは生み出せない。その判断基準を補填できるような形でAIが活用ができるといいなと思っています。

ホリプロのDXと日本のエンタメ業界への危機感

石角:今回のAIによる感情分析も、他社がまだ取り組んでいないことですが、御社は以前にも、バーチャルアイドル事業にも取り組まれていました。このような新しい取り組みにはどういった思いで挑戦されているのでしょうか?

堀:危機感でしょうね。日本は経済もエンターテインメント業界も瀕死の状態です。特にコロナ禍ではアメリカや韓国、中国に比べてはるかにデジタル化が遅れていることが浮き彫りになりました。エンターテインメント分野も、韓国からその背中が見えなくなるくらい引き離されました。

石角:コロナ関連のアプリやワクチン接種の不手際を見ていても、デジタル化の遅れを痛感します。

堀:まさにそうです。でも日本全体のデジタル化が進むのを待っていると、それまでにホリプロは死んでしまうかもしれない。だからウチだけでも先行するつもりで取り組んでいるんです。

Gravityに抵抗感のある社員もいるでしょうし、僕も全員についてきてもらうつもりはりません。若い人を中心に、穴に入れる人から入っていけと言っています。特におじさんたちは「わからない」という理由で、若い社員の挑戦を邪魔しようとすることがある。それはするなと社内の朝礼でもハッキリ伝えています。

DXの定着に大事なのは”とりあえずやるという精神”

石角:DX推進において、レガシー事業で成功経験のある熟練の職人のような社員が新しい技術に拒否反応を示すというのは多くの企業がぶつかる壁です。それを乗り越えるためには、堀社長のようにトップダウンで方針を示すことはとても大事なことだと考えています。

堀:僕は永遠にホリプロにいるわけじゃないですからね。Gravityはトップダウンですが、実際に使った若手社員がほかにAIを活用したビジネスについてアイディアを出すようになればいい。次の時代に進むための端緒なんですよ。

石角:まずデジタルに慣れている若手社員がGravityを活用し、それで結果がでれば自然とほかの社員にも広がっていく。そんな形にできればいいですね。

堀:AIもそうですが、知らないものが出てくると人間は賢くなるなと日々実感しています。触れているうちに、ここもこうできないかなとかの欲求が出てくる。
そこでまず大事なのはとりあえずやってみること。バーチャルアイドルも結果的に失敗はしましたが、異業種の人たちと出会うきっかけになりましたし、私は全然デジタルに詳しくないのに世間に詳しいと認識してもらえたという収穫もあった。

シニシズムからイノベーションは生まれない。ぶっ壊して前に進むためには。

石角:シリコンバレーに「シニシズムからイノベーションは生まれない」という名言があります。「そんなことやってどうするんだ」「できるわけない」というシニカルな姿勢ではなく、「まずやってみる」。それがイノベーションにつながると言われています。まさにそれですね。

堀:正直、そんなに前向きな姿勢でやっているわけではないんですよ。でももう守るべきものはないし、積み上げていく時間的余裕もない。ぶっ壊して前に進まないといけないくらい追い詰められているんです。

石角:そこまで腹をくくっているのですね。

堀:この過酷な状況を見ていて何もしなければ、テレビに出演する人より先に、番組を作る人がいなくなりかねません。やれることをすべてやって、それでもダメだったらまだ納得できます。でも今までと同じことを漫然とやり続けて、気づいたら誰もいなくなって“廃校”になったとしたら、寂しすぎます。いつか自分が引退して、昔の社員と再会したときに「会社がなくなってもう20年だね」なんて話はしたくないですからね。

石角:ハーバードビジネススクールで、教授がよく言っていました。「うまくいっている戦略も、一時的なものだと思え。市場は変わる。テンポラリーであることを常に意識しなければいけない」と。

ホリプロは有名タレントがたくさん所属していて、華やかなイメージがありますが、社会の変貌をしっかり見据えて行動されているのですね。私たちも「気づいたらテレビから日本のコンテンツがなくなっていた」という未来にはしたくない。そのためにも、データの力で貢献していきたいと思っています。

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