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味の素の「うま味」から絶縁材へ プロセスイノベーションに活路 – 日経クロストレンド連載

2023/08/17 メディア掲載実績, 日経クロストレンド 
by PALO ALTO INSIGHT, LLC. STAFF 

味の素の「うま味」から絶縁材へ プロセスイノベーションに活路 – 日経クロストレンド連載

ネットやモバイルと同等、あるいはそれ以上の革新をもたらす技術として生成AI(人工知能)が広がりつつある。急激な変化の時代が続く中、トップ経営者や専門家は何を目指していくのか。AIビジネスデザイナーの石角友愛氏がトップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。今回は味の素副社長の白神浩氏を迎え、同社が取り組んでいる事業モデル変革や半導体用の絶縁材「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」成功の背景などについて議論した。(対談は2023年5月17日)

米パロアルトインサイトCEO(最高経営責任者)でAIビジネスデザイナーの石角友愛氏(左)と味の素副社長の白神浩氏が対談した

アミノサイエンスの事業モデル変革に成功

石角友愛氏(以下、石角) 白神さんは副社長で、CIO(Chief Innovation Officer、チーフ・イノベーション・オフィサー)、研究開発統括を務めていらっしゃいます。工学博士でもあり、研究開発に深い関わりをお持ちの印象がありますが、社内でどういったキャリアを歩んでこられたのか、簡単に教えてください。

白神浩氏(以下、白神) 入社以来、アミノサイエンス系の事業を中心に携わってきました。味の素というと一般的には食品会社というイメージを持たれますが、1908年にアミノ酸の一種であるグルタミン酸ナトリウムという「うま味」成分が発見されて以降、ずっとアミノ酸と共に歩んできた会社です。現在は食品とアミノサイエンスを事業の柱としています。私は医薬部門や海外子会社の経営などを経て、現在は研究開発から事業モデル変革、ベンチャー投資、M&A(合併・買収)などを担当しています。

石角 2021年にイノベーションをリードするCIOに就任されましたが、どういった経緯があったのでしょうか。

うま味調味料の「味の素」。1909年に発売となって以来のロングセラー商品

白神 10年ごろからコモディティー(汎用)化していたアミノサイエンス事業を高付加価値事業に転換するというイノベーションに取り組んできました。そこで一定の成果を出すことができたことで、味の素全体の事業変革を担うようになったのです。

石角 そのイノベーションの内容をぜひお聞きしたいですね。層間絶縁材「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」は、CPU(中央演算処理装置)など高性能半導体の絶縁材として世界でもかなりのシェアを占めています。ABFもそのイノベーションの過程で誕生した製品なのでしょうか。

白神 実はABFは、それ以前の事業変革で生まれているんです。開発経緯を説明しますと、うま味成分であるグルタミン酸ナトリウムは、現在でこそ発酵法で製造していますが、かつては抽出法と呼ばれる方法でした。その際に生成される副産物の有効活用を模索する中で、1970年代にファインケミカル事業が立ち上がりました。そこで難燃剤や接着剤などの機能性樹脂を開発しました。さらなる事業の高付加価値化を図る中でABFが誕生し、99年に発売されたのです。

半導体の絶縁材層間絶縁材「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」

石角 50年も前の研究から始まり、今まさに花開いているのですね。それほど歴史があるとは知りませんでした。

半導体の絶縁材が世界的ヒット

石角 ABFは利益率が高く、半導体電子材料事業が好調と聞いています。新型コロナウイルス禍やウクライナ情勢などによる世界的な半導体不足が大きく影響しているとは思いますが、ここまでの収益事業に発展するとは、想定していなかったのではないでしょうか。

白神 世界的に半導体の需要が増していくということは、ずいぶん前から予測されていたことです。ただABFが誕生する前、半導体の絶縁材料にはインクのような液状のものが使われていて、それでは半導体の精密化に対応できないという課題がありました。そこで当社がいち早くフィルム状の絶縁材料を開発し、発売したのです。

味の素の取締役代表執行役副社長の白神浩氏。CIO(Chief Innovation Officer、チーフ・イノベーション・オフィサー)および研究開発統括も務める

石角 将来的に新しい形態の絶縁材料が必要になることは、業界のみんなが理解していた。そこで開発競争を勝ち抜き、ビジネスチャンスをつかんだのですね。とはいえ、単に新しい技術を開発しただけでは、他社にまねをされ、顧客を取られてしまう可能性もあります。今やABFは半導体の世界では欠かせない材料になっていますが、市場で確固たる地位を築けた秘訣があれば、ぜひ教えていただきたいです。

白神 フィルム状の絶縁材料が誕生したことで、より高性能でエネルギー効率のいい半導体が製造できるようになりました。当社はそこから「プロセスイノベーション」の進化が進むと考え、バリューチェーン上のパートナーと連携して、独自のエコシステムを構築したのです。

石角 率先して半導体のエコシステムを構築したのですか。そこまでされていたとは、驚きです。

白神 半導体の開発段階から関わることで、進化の過程で常に絶縁材料としてABFを使ってもらえるようになります。その結果、市場拡大と共にABFの販売も増やしていくことができたのです。今やABFは半導体の絶縁材料を指す一般名称とされるほど、その名を知られるようになりました。

石角 ABFの販売が好調なことには世界情勢だけではない、巧妙な戦略が響いていたのですね。

白神 これを成功モデルとして「型化」し、ほかの事業にも展開しています。ヘルスケア事業やファンクショナルマテリアルズ事業などでABFの型と同様に高付加価値事業へと事業モデル変革を図った結果、2010年から10年間で、事業利益約17%の成長を達成しました。

プロセスイノベーションは地道で繊細な作業の先に

石角 近年の地政学リスクなどをふまえて、各国で各種製品の内製化の動きが強まるなど、製造業のエコシステムは変わりつつあります。ですが米国ではこれまでものづくりを軽視し、積極的に海外生産を進めてきたことが響き、内製化があまり進んでいないのが現状です。優秀な人材は金融やITに流れてしまい、製造業にはなかなか寄りつかないのです。

白神 米国は革新的な製品を生み出すというプロダクトイノベーションにおいて、非常に優れています。一方、日本はプロセスイノベーションに強みがあると感じます。例えば、iPhoneは米アップルが開発しましたが、製品には日本製の部品が多数採用されています。

石角 日本の現場を見てきた白神さんは、具体的にどういう人材がプロセスイノベーションに必要だとお考えですか。

白神 例えばABFは材料の種類、比率、配合条件などの配合設計が鍵になります。その最適解を見つけるのは地道で繊細な仕事ですが、当社ではイノベーションの力を持ったハイレベルな人材が、自らその作業を担っています。まさに匠の世界です。

石角 何度も実験・検証を繰り返し、日の目を見ない部分も多い作業を続けていける忍耐力や長期的思考が大事なのですね。大変な作業こそ自社で優秀な人材が行い、ノウハウを蓄積して競合優位性にしている。一朝一夕ではできないことです。

白神 石角さんがいらっしゃる米国では、そういった作業はアウトソーシングすることが多いのではないでしょうか。

米国の企業ではAI開発などの地道な作業をアウトソースするケースが多いと話す石角氏

石角 その通りですね。AI開発においては、データのラベル付けなど地味な作業は避けて通れません。私が以前働いていた米グーグルでは、それらはアウトソースすることが大前提になっていて、むしろどうすれば拡張性高く、質を担保して外注できるかを考えることに、力を使っていたと思います。全体設計など上流工程は自分たちが担うけれど、地道で大変な作業は世界中に任せるという、まさにプロダクトイノベーション側の発想です。

白神 高性能なものを小スケール、かつ単発で生み出すことはそんなに難しいことではないと思います。今、ABFがデファクトスタンダード(事実上の標準)になっているのは、性能の高さだけではなく、高い品質と信頼に基づいているからです。絶縁材に問題があれば、それを使った半導体、それを組み込んだ製品までもが駄目になってしまう。そのため半導体製造においては、性能、品質、そして信頼性にたけた材料を用いることが重要で、それを満たしたABFが支持されているのです。

石角 品質の高さ、信頼性は日本企業の大きな強みですね。日本はプロセスイノベーションに向いているというのも納得できます。

(後編につづく)

(写真提供/味の素、パロアルトインサイト)

https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00509/00041/

パロアルトインサイトについて

AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。

社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)

パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com

石角友愛
<CEO 石角友愛(いしずみともえ)>

2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事に就任。

AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。

毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。

著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。

実践型教育AIプログラム「AIと私」:https://www.aitowatashi.com/
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com

 

※石角友愛の著書一覧

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