ハイプ・サイクルに見るAIの潮流 ロボット研究が日本のチャンス
米国調査会社「ガートナー(Gartner)」が数千を超えるテクノロジーの中から注目すべき先進テクノロジーとそのトレンドなどを分析し、毎年公開している「ハイプ・サイクル(Hype Cycle)」*。このグラフを読み取りながら、AI(人工知能)技術をはじめとする先進テクノロジーの展望について、米シリコンバレーを拠点に企業のAI活用・導入を支援するパロアルトインサイトの石角友愛CEO(最高経営責任者)と、ディープラーニング(深層学習)分野で日本をリードする東京大学大学院 工学系研究科・松尾豊教授が議論する。
石角 ハイプ・サイクルは、注目すべき先進テクノロジーとそのトレンドが分かるグラフです。縦軸に期待度、横軸に時間をとって曲線で表し、多くの技術がこの曲線上を動くという考え方で、IT業界の最新動向や今後の流行を見ていくうえで参考になります。横軸の時間の流れはテクノロジー、技術の変遷を5段階に分類しており、「黎明(れいめい)期(Innovation Trigger)」から始まって、新しい技術に対する期待が最も高まる時期「過度な期待のピーク期(Peak of Inflated Expectations)」を頂点に、その後は「幻滅期(Trough of Disillusionment)」に入って徐々に下がっていきます。やがて、実装や周辺技術が追いついてきた技術が徐々に現実のビジネスで活用される「啓発期(Slope of Enlightenment)」を経て、普及していく時期「生産の安定期(Plateau of Productivity)」に入りプラトー化していきます。そんな技術に対する人の期待値の流れを示しています。
例えば、「GPU Accelerations」などの技術は本ハイプ・サイクルリサーチ(Hype Cycle for Artificial Intelligence, 2020)の最終段階に位置しており、既に普及・定着しているということが一目瞭然です。「機械学習(Machine Learning)」や「ディープラーニング(Deep Neural Networks(Deep Learning))」についてはハイプ・サイクルの過度な期待のピーク期を過ぎて、徐々に普及していくだろうというような流れに乗っていると分かります。さらに「Data Labeling and Annotation Services」や「Smart Robots」などはこれからトレンドがくるだろうと予想。一方、「Artificial General Intelligence」は10年以上、「Small Data」は、流行するには5年から10年はかかると予測されています。
2020年12月にオンラインで開催されたAIの世界的な国際学会「NeurIPS(ニューリップス)」でも「説明可能なAI(Explainable AI)」など先進テクノロジーが議題に上がり注目されています。こうした先進テクノロジーにおけるハイプ・サイクルのグラフについて、松尾先生のご意見をお聞かせください。
松尾 グラフを見て、皆さんが納得しているという現実がすごく面白いなと思っています。機械学習などを扱っている我々としては、どれだけ過去や未来のデータを当てているのかというのがまず気になります。ただ、このグラフについてよくよく考えてみると、言っていることは1つだけ。技術が出始めのころは、世の中が技術の可能性を過大評価しがちだということです。このまま定着していくものあれば、採用されず定着しないものもあるという、いろいろ技術によってそれぞれなんだろうなと感じます。
AI技術に関していえば、そもそも過剰な期待がありました。ただ、技術というのは単独では成り立たないものであり、例えば、いろんなシステムの中にどういうふうに組み込んでいけばいいのかということが、ビジネス上での肝であって。パイプ・サイクルのグラフを見ると、そこの部分が正しく理解されてきたなと思います。
石角 つまり、期待値が下がるのは、いい意味で現実味を帯びてきたということ。確かに、ハイプ・サイクルが最初の⽅で⾼くなるのは、理解と実践が追いついてないから期待値ばっかり先⾏しているという意味なのでしょうね。実際に学んで⾃分で作ったり、導⼊したりする中で、“魔法の杖”ではないと限界が⾒えてくる。そこでハイプ・サイクルが下がってきてなだらかになっていくわけです。⼈間の勝⼿な期待値が上がって下がってそこに実態が追いついてきているという意味では、とてもポジティブなグラフなのかなと感じます。
でも、プラトー化して定着する技術とハイプ・サイクルから落ちていく技術といったときに、「Computer Vision」や「Chatbots」などをどう思いますか? 既に定着している気がしますが。
松尾 そうですね。コンピュータに画像などを処理させて理解させる「ComputerVision」は定着していると思います。⼀⽅で、⾃動的に会話を⾏わせるプログラム「Chatbots」は⼈が⾃分の⾔葉を使ってしゃべるのとは違いますから、どうしても限界があって。⼈間が期待するレベルとかなり差があるような気がします。
石角 確かに「Chatbots」は、事前に学ばせたものをしゃべっているわけですから。でも、⽶国では「Chatbots」をマーケティングの領域などで活⽤されています。例えば、Facebookの場合、NBAチームの「Chatbots」はサブスクライブしておくと、「もうすぐゲーム始まるよ」というメッセージや、スター選⼿のステフ・カリーが3ポイントシュートを打ったら「3ポイント万歳!」等、アナウンスやレスポンスをしてくれるような内容です。あとは、ECサイトのアプリで⾃分が欲しいバッグの写真を送ると「Chatbots」がそれに似たものを画像検索して紹介してくれたりと。そういったプラグインはすごく定着していますが、⾔ってしまえばその程度のこと。それ以上のドラスチックな変化というのは今のところないですね。
松尾 たぶん、5年後か10年後か分からないですけど、そのうちドラスチックな変化がくるんじゃないかと思います。そうしたら、「Chatbots」どころじゃなくてかなり使えるようになるはずです。
石角 SiriやAlexaなど⾳声系のAIアシスタントはお値段が⼿ごろで購⼊しやすいので、既に浸透はしていますが……思ったよりハイプ・サイクルは下がったなと感じます。やはり、「Speech to Text(⾃動⾳声認識)」の限界というのはどうしてもあるので。ビジネス現場で本格的に導⼊しようとすると難しく、⾳声をどのように認識するかというところの課題が⼤きいと思います。使っている側としてはまだまだ課題点も多いし、発展性も⼤きいなと。
松尾 まだまだですよね。⼈がしゃべっているのを聞いているとき、その⼈が何を⾔っているのか、伝えたいのかを考えて、それを頭の中に思い浮かべながら私たちは⾏動を起こします。だから「コート出しておいてよ」と⾔われたら、「これどこのコートだっけ?」「出すってどういうことだっけ」ということはほとんど意識せずに、「あのコートをここに出しとけ」という意味だと理解するわけじゃないですか。⼀⽅、「Chatbots」に「コート出しといて」と⾔っても、「コートってどのコートか?」「どこに出すのか?」というのとひもづいていないので絶対無理なんですよね。
また、⼈間は「私の」と⾔うと、「私が所有している」という意味だと分かりますが、今のAI技術だと「私の」あるいは「あなたの」というのは所有の概念がないんです。つまり、知識を問うようなパターンで答えることはできるのですが、本質的なことや含みを持たせた意味合いを理解することは今のAI技術では不可能です。でも、将来的には技術的に実現できると僕は思っています。それができたときにはかなり使えるようになるのではないかと。
石角 秘書の作業もAIに取って代わられるみたいに数年前は⾔われていましたが、いまだにそこまで及んでいません。例えば、⽶国でGoogleカレンダーに連動してスケジューリングしてくれる「AI秘書」と呼ばれるサービスがありましたが、⼈に取って代わるほどの機能ではありませんでした。先ほど松尾先⽣が⾔ったような、その⾏間を読んで⾏動に起こすことが今のAIにはできない。それに私⾃⾝、「AI秘書」からカレンダーの予定を書き込む依頼が来ても後回しにしていました。⾃動メールの感覚が強くて、「AI秘書」に返信するのはとても違和感がありました。それが⼈から送られてきたメッセージであれば、「返事しなくては」と思うのが不思議です。そういうこともあって、今は「AI秘書」を使っていません。ですから、「Chatbots」などのAIアシスタントは、まだまだ乗り越えるべき課題があるかなと感じます。
AIの活用提案から、ビジネスモデルの構築、AI開発と導入まで一貫した支援を日本企業へ提供する、石角友愛氏(CEO)が2017年に創業したシリコンバレー発のAI企業。
社名 :パロアルトインサイトLLC
設立 :2017年
所在 :米国カリフォルニア州 (シリコンバレー)
メンバー数:17名(2021年9月現在)
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。東急ホテルズ&リゾーツ株式会社が擁する3名のDXアドバイザーの一員として中長期DX戦略について助言を行う。
AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
※石角友愛の著書一覧毎週水曜日、アメリカの最新AI情報が満載の
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